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荒野の叫び 2005年12月の記事

巨大国家中国の矛盾

2005.12.26

 12月20日〜22日まで、駆け足で中国を訪問した。
 今回の訪中で、まず最初に強く印象に残ったことは、日本大使の阿南さんが数年前にお会いしたときとはまったく別人のように自信なさげだったことである。
 少なくとも、私がかつて柿沢弘治元外務大臣と中国を訪れたときの阿南大使は自信に満ち溢れたものであった。私は彼の中国に接する態度については、きわめて日本の国益を損なうものとして当時から感じていたが、それにしても自信に満ち溢れていた。
 今回、なぜ阿南大使が、かつてのように自信に満ち溢れていないのかを考えると、ひとつには日本から中国に向けての政府開発援助が大幅にカットされたことがあるからであろうが、それ以上に中国内の汚職の深刻さと貧富の格差の拡大など、共産主義とも思えぬ程の矛盾が誰の目にも明らかになったことがあげられるであろう。
 例えば、中国には年間、日本円にして約一万円の年収もない人口が3000万人近くいる。一方、中国の中ではかなりの富裕層といえる北京市の平均的サラリーマンの年収が40万円ぐらいである。それにもかかわらず、北京市の公安の交通副部長の家に泥棒が入って六億円のお金を盗んだという。つまり、入った泥棒がビックリという程に党中央や役人は、その特権を使って金儲けをしているのである。
 こうした目に見える多くの社会指導者による汚職と貧富の格差の拡大が、公安当局の発表によるところの50人以上数万人までの暴動が年間7万4千件も発生するという中国の大衆の怒りを増幅させているのである。
 また、急速な経済近代化の中にあって、全く整備されていない法律や契約のこともあり、これが大衆の怒りを膨らませている。
例えば、季節労働者がダム建設などの厳しい労働に従事して数ヶ月働き、仕事が終わった後にごく僅かの安い賃金すら支払われないで雇用主が雲隠れしてしまうようなことも頻繁にあるという。
あるいは、再開発のための立ち退きを求められている地区などでは、朝、家を出て勤めに行って、戻ってきたら家がなくなっているといったことが現実に発生しているといわれる。河北省では、その地区の党幹部と結託した暴力団が、立ち退きを拒否している農民六人を撲殺したと報道されている。そこに限らず、多くの町で、ヤクザと公安と党幹部が裏で手を握っているといわれている。
私が、貧しい農村出身の人間と会話をして、話が公安のことに及んだところ、「奴らはキタナイ、ワルイことをする」と即座に怒っていたのは、こうしたことで大衆の公安不信が浸透していることの顕れであろう。
また、商慣習が近代化されていないことも問題である。
日本から中国に進出した大手化粧品メーカーが、商品が売れているのに、代金が回収できないという。聞くと、中国の場合は一度、その金がデパートそれ自体に落ちて、それからメーカー側に支払われるという。それで、メーカー側が「早く代金を回収させてくれ」と泣きつくと、デパート側は平然と、「今、ウチのデパートは新しい建物を東棟の方に建設中である。金が掛かるから少し待て」という無茶苦茶な論理すら展開するという。
こうして、結局お金の回収が極めてずさんな結果となる。
また、政府はひとりっこ政策を数年来維持してきたが、共産党幹部はそれをしないと出世に影響するのでこれを遵守するという。
しかし、山西省出身の22歳の若者に聞いたところ、彼女の家は3人兄弟であり、どこの家庭も平均3〜4人の兄弟がいると語っていた。ひとりっこ以外の二人目からは罰金を払えばいいという。それでは金持ちばかり多くの子供を産めるようになってしまうではないか。
様々なこうした共産主義にもあるまじき貧富の格差の拡大や汚職などの社会の矛盾は、今、もし毛沢東がいたならば、今の中国に対して革命の烽火を上げるのではないかと思われるほどの現実である。
チャイナスクールの中心人物と目されるさすがの阿南大使もこれでは自信を失うのは当然であろう。
私は、無論、唐家セン前外相との話し合いでは政治家として「日本大使館破壊についての謝罪はどうなっているのか?」というテーマを持ち出したし、中国側の「靖国神社に総理は行くべきでない」という主張は内政干渉であり、もしそれによって総理が靖国神社に行かなくなれば、日本は中国の属国ということに論理上なってしまう。あのような中国側の言い分は、穿った見方をすれば、総理を靖国神社に行かせたいための策略ではないのかとすら思えるとまで言ってきた。
それは尊厳ある日本外交をするためには当然のことであるが、今回の中国視察におけるもっとも大きな成果は、中国社会の矛盾の拡大を目の当たりにしたことであった。
そこで、われわれ日本は、こうした隣の病める巨大国家と如何にして付き合っていくのかという問題となるが、この戦略については改めて別の機会に記したいと思う。

日越議員連盟ベトナム訪問の記

2005.12.17

 去る12月9日より13日まで、衆議院の派遣による訪問団の一員としてベトナムを訪れた。
 この訪問団の主たる目的は、日越友好を実現しつつ、この12月にダラットにおいて行われている花の祭典、フラワーフェスティバルとその開会式に先立って行われたフラワーツーリズム推進会議に参加をするためであった。
 この全行程を通じて、ベトナムの人たちがいかに親日的であるのか、そして日本に期待しているかということが強く印象に残った。
 こうした中において、政治的命題として二つのことがあげられた。
 ひとつは日本がベトナムに対して行うべきこととして、WTO加盟の実現の為に応援団を務めるということであり、もうひとつは日本の国連安保理常任理事国入りに対してベトナムは支援を惜しまないということであった。
 まさに両国のこうした主張を踏まえ政治的には利害は一致しているようにも思えた。
 タイトなスケジュールをこなしつつ、同時に私は、その他の機会を活用して、一般のベトナムの知的市民と多くの語らいをしてきた。
 私は常に、中国をどう思うかと彼らに問い、更に靖国神社に対する日本国総理大臣の参拝をどう思うかと問いかけた。
 前者については、多くのベトナム市民が「こわい国」として中国を認識していた。中には、「ベトナムは中国と15回戦争をし、13勝2敗であるが、しかし、その1回目の敗戦の後千年の中国支配下にあった。わがベトナムにとって 100年の支配をしたフランスは許されないが、千年の支配をした中国はもっと許されない。」と語る知識人もいた。
 私は中国を一時期支配したモンゴル帝国、元王朝が日本の九州に2度の上陸を試みて失敗したことを語ったが、三度目の日本遠征を取りやめてベトナムにその矛先を向けたことが、もしかしたら今日の日本の繁栄の基盤にあるならば、日本とベトナムとの対中国における連携は千年の歴史があるのだとすら思った。
 次に靖国神社のことを多くの一般の方々と話し合った。
 押しなべて靖国については関心が無かった。中国が日本の総理大臣の靖国神社参拝はアジア人の怒りに火をつけたといっていることについてどう思うかと聞いたところ、「少なくともそれは事実と異なる。我々は思っていない」と語った。
 私は、あえてA級戦犯の合祀について説明をしたが、ある女性は、「私たちの文化は大乗仏教であって、死んだ人間は善人も悪人も皆仏様である。それゆえに死者に鞭打つことはあり得ない」と答えた。
 
 われわれ日本人の多くはアジアというと中国と韓半島を考える。しかしアジアは広い。中国の中にも歴史的に本来、中国とは異なる地理的風土と文化的背景を持つところもある。アジアには多くのイスラム諸国と大乗仏教の国、小乗仏教の国がある。
 我々がアジアの一員であることを意識しながら、こうした国々との交流をすすめ、そして、ベトナムに代表される親日的な国との付き合いをその骨格として国際戦略を再構築することが必要である。
 ODAについても、ベトナムのような同盟国となりうる国にはより重点的に配分するのは当然のことといえよう。

ここに中学時代のテキストが入ります。
ここに高校時代のテキストが入ります。
ここに大学時代のテキストが入ります。
ここに松下政経塾時代のテキストが入ります。