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荒野の叫び 2005年10月の記事

ジュネーブより

2005.10.20

 国際政治の中で「客観性」ということは極めて難しい。
 本日、スイスのジュネーブで開催されているIPU(列国議会同盟)の第一委員会において、その決議文の中から「客観性」という表現は削除された。
 それは即ち「客観性」というものは存在しないし、存在したとしても、それはあいまいなもので、論証など不可能であるという理由からだ。
 そこで、現れてくることは、議論の末、会議における意思決定をするには、ルールを遵守するということである。
 その会議が行われる上でのルールは、ひとたび参加者の合意が得られたならば、ひとつの正義として君臨する。
 重要なことは合意したルールが守られるか否かであり、そのルールによって決められた結論は全員それに従わざるを得ない。従わない場合は、その会議から脱会せざるを得ない。(勿論、従わないことを意思表示せずに行動で従わないことは可能であり、そのことによって非難されないことも可能である。)
 そこで、政治的には常に徹底した自己主張をすることと仲間の数を増大させる努力が求められる。
 また、国際会議においては、その人間がどのレベルの立場にあるかも重要である。大臣は大臣と対話をし、団長は団長と対話をする。それ故にその国の高い立場の人間が、そこに参加し、存在し、自己主張することは国益上きわめて重要といえる。
 今回のこのIPUは、ここ十年来米国が参加をしていないが故に、その国際的な影響力は低下しているといわれている。
 しかし、米国が参加していないがゆえの米国に対する批判的発言も存在している。恐らく米国が参加していたならば、そうした発言は聞かれなかったであろう。このこと自体も、その国の代表が存在し、発言することの重要性を示唆するものである。
 わが国は世界有数の貿易大国であり、外交における国益の担保はきわめて重要である。
 今回、141カ国の議員により構成されるIPU(列国議会同盟)に参加をして、国際政治の威信決定のあり方を目の当たりにしつつ、そうした中で日本の国益を主張していくには、あまりに日本は長期的展望と国際会議、それぞれに対する戦略に沿った準備が不足しているとの印象を強く持った。
 このことについての詳細の報告は、後日、私の国政報告会に委ねたい。
             
                2005年10月19日
                   ジュネーブにて

拉致特で政府を厳しく追及

2005.10.07

 先日、家族会の横田代表夫妻、飯塚副会長、坂本事務局長、有本夫妻らと救う会幹部および拉致議連幹部で首相官邸を訪れ、杉浦官房副長官に対して、再度、北朝鮮への経済制裁発動すべしということを含め申し入れを行った。
 私は同席をしていたが、多くの家族会の皆様の心情を思うときに、官邸以下日本の行政があまりにも拉致問題について冷めた取り組みをしているとの印象を持つ。
 10月6日に私が野党筆頭理事を務めている拉致問題特別委員会が開催された。私自身が質問に立ち、先般の六カ国協議の結論等に関して、とりわけ杉浦官房副長官に対して強い調子で問い質した。
 昨年、12月末に横田めぐみさんニセ遺骨問題が発覚し、日本の世論は北朝鮮政府の不誠実に対する怒りで沸きあがった。12月28日には、「拉致問題専門幹事会」が杉浦官房副長官のもとに官邸で招集され、北朝鮮に対して迅速かつ誠意ある対応とすみやかなる回答を求め、この求めに応ぜざるときは経済制裁をを含む制裁発動を行うことをはじめとする6項目について明らかにした。私は当時、それが国家のあるべき姿として当然のことだと考えた。
 しかるにその後、北は全く誠意ある回答をしてこなかった。対するわが国では、その昨年12月28日を最後に、実に本年10月の現在に至るまで、拉致問題を扱う唯一の政治的会合であるこの「拉致問題専門幹事会」が開かれることはなかった。北朝鮮からのなんらの誠意ある回答もない場合に発動するべきとされた経済制裁について議論をすることさえも全くない。
 このことについて杉浦副長官に問い質したところ、日朝関係に新しい懸案や動きがなかったから開催しなかったとの答弁であった。
 この拉致問題は人命に関わる人権問題である。50年も経ってしまえば、被害者やその家族など事件に巻き込まれた関係者が死んでしまって沙汰やミニなってしまう類の案件であり、時間との勝負である。北朝鮮側が時間を稼いで誤魔化そうとするのは彼らの戦略としては当然であるが、そのことに対して昨年以来、何ら日本の拉致に関する最高戦略本部である「拉致問題専門幹事会」が、1年近くも開かれなかったこと自体が、日本政府のやる気の無さを北朝鮮に伝えることとなる。
 この上に、核問題解決と引き換えに、安直に軽水炉建設等に資金を出すようなことになったらば、日本は国益を考えぬ、国民を守ることさえできない国として、自国民のみならず世界中の国の人々に銘記されるであろう。
 小泉さんは優勢民営化ができなければ死んでもいいとまで言ったが、私はむしろ、拉致問題の解決という、もっと根本的な国家の主権問題、人権問題が解決できなければ「俺は死ぬ!」というくらいの気迫で対処すべきだと考える。
 小泉総理に一国のリーダーとしての猛省を促しながら、われわれが政権に入っていれば、このような国益無視の国家を構造改革することこそ最大の使命であると考えるだろう。

ここに中学時代のテキストが入ります。
ここに高校時代のテキストが入ります。
ここに大学時代のテキストが入ります。
ここに松下政経塾時代のテキストが入ります。