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2008年11月

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アメリカ大統領選挙に思う 2008.11.8[Sat]

 新大統領に47歳のオバマ氏が当選した。彼は若いだけではなく合衆国史上初の黒人大統領である。実父は、ケニア人のバラック・オバマ・シニア、母親はカンザス州出身の白人、アン・ダナム。両親は彼が生まれて早々に離婚し、父親はケニアに帰国して別の女性と再婚、母親もまた別の男性と再婚したため、オバマ氏はハワイの母方の祖父母に育てられたと言う経歴である。
 それは、「丸木小屋からホワイトハウス」へと言われた、第7代大統領 アンドリュー・ジャクソンが体現したアメリカンドリームの再現と、人々をして言わしめる。ある人はこれを現代の奇跡と言い、またある人は、アメリカが今も自由とチャンスに満ちた国であることを示しているものだと自慢する。
 リンカーンの奴隷解放宣言に始まったアメリカ人権の歴史が、キング牧師の公民権運動を超えて、この史上初の黒人大統領誕生で、ひとつのクライマックスを結実させた。
 政策を超えて、こうしたオバマ自体の人格と個人史はアメリカにアメリカンドリームの原点を想起させ、すべてを寛容に包み込むアメリカの開拓者精神の復興を国民に呼びかけるある種のアメリカ精神復活の選挙となったと言える。その意味では其の政策が評価をされたと言うよりは、其の人間に帰属するイメージが評価をされたと言う感じである。
 そして、今日のわが国における政権交代への国民の期待も、閉塞感の充満する現在の社会を変えたいと言うところに最も大きな特徴があると考える。
 それと同時に、今回の映像を見ていて、また多くの報道を見ていて、痛感したことは、国家のリーダーを全国民が同じ選挙において全体で選出すると言うシステムとイベントが、政治の国民的統合の上で大きな意味を持つということを再認識したことである。
 つまり、国民が其の選挙を通じて一体化するのである。オバマが事実主張した、黒人も白人もない、ホワイトカラーもブルーカラーもない、男性も女性もない、若い人と年寄りの区別もない、すべてが私たちアメリカであると言う主張は、最も今回の選挙を通じて国民に対する強いメッセージであったのみならず、其のことが雑多な人種からなるアメリカを統合する巨大な政治的祭典であると言うことを如実に示すものである。
 そして、この祭典を通して多くのアメリカ人は、アメリカのプライドと、アメリカ人としての使命と、国家に対する責任感を共有することになろう。
 それがアメリカの強さというものだ。
 私は、様々な法律論はあるだろうが、国家のリーダーを国民が直接択ぶということによって、国民の意識は変わるであろうし、そうしたリーダーにして始めて大きな改革は出来るのではないかと考える。
 日本の政治のダイナミズムを考えるならば、また国際社会でリーダーシップを執りうる国家を作るならば、そして政治に対する国民の信頼感と尊敬を回復するためには、日本にあっては首相公選制が最も現実的手法ではないかと、今回の合衆国大統領選挙を見て確信した。


北朝鮮に対する追加制裁について 2008.11.6[Thu]

 アメリカが北朝鮮テロ支援国家指定を解除した。
 このことは、北朝鮮を核保有国として暗黙のうちに認めたようなものと考える。そもそも、かつてクリントン大統領時代に、アメリカは北朝鮮の核開発について議論をし、北朝鮮が核開発をやめることとの引き換えに、重油支援やエネルギー工場の建設や、食糧支援を行った。
 しかし、北朝鮮は約束を守らずに核開発を継続した。このことに怒ったブッシュ政権は当初、「検証可能 不可逆的」と言う途方もないハードルを北朝鮮に課したのである。
 しかしながら、ブッシュ政権の末期において、そうした北朝鮮に対するハードルを下げるだけ下げて、北朝鮮が許可したところだけの検証のみで、北朝鮮に対して食糧支援等をするということは、事実上北朝鮮の核保有を認めたと言うことになろう。
 特に、このテロ支援国家指定の中に、日本人拉致問題が2004年から入ったことを考えると、この解除はアメリカが拉致に対しても北の主張を一定認めたとすらいえる。
 つまり、このテロ支援国家指定解除は、北朝鮮の核保有了解と、日米安全保障条約空洞化の危機をはらんでいると言えよう。
しかし、其の引き金を引いたのは、福田内閣であり福田総理大臣であったことを忘れてはならない。彼が北朝鮮との交渉において、彼らが拉致の再調査を約束し、其の調査本部を立ち上げたときには、わが国の北朝鮮に対する制裁である、チャーター便の解除や、人的往来の完全なる解禁をすると言明したことこそ、結果としてアメリカを含む全世界に日本外交の誤ったメッセージを送ったことになった。
 少なくとも、今年5月に我々が訪米した折、私が会見したアメリカの関係者は、日本が北朝鮮に対して強硬な姿勢をとる限りは、テロ支援国家指定解除はないだろうと観測を洩らしていた。
 その日本が、自ら強硬姿勢を崩したとアメリカは判断したのである。
 あの小泉・金正日会談において再調査を約束し、それで出てきたのが、横田めぐみさんのニセ遺骨であったことを考えれば、斎木・ソンイルホ会談でそれ以上のものが出てくることを期待するほうが間違っているのだが、そんな言葉の遊びに制裁解除をほのめかして、アメリカのテロ支援国家指定解除を誘発させることの外交的馬鹿さ加減は、がっかりするだけである。
 少なくとも、福田内閣のこの北朝鮮に対する姿勢は結局、ナチスドイツに対するイギリスの宥和政策があの悲惨な世界戦争を引き起こしたときと同じような過ちであったと後世評価されるであろう。
 こうした中、わが民主党の拉致対策本部においては、今回、しっかりとした日本の意思を世界に示すために、北朝鮮が日本に対して拉致解決に全く誠実でない現状にあっては、断固として追加制裁を法案とするべしと言う議論が行われた。
 私と渡辺周議員が中心となり、法制局とも打ち合わせをし、現行法の中で追加制裁としてどのようなものが出来るかを検討した。
 すでに11月2日のサンケイ新聞紙面にその内容が掲載されているが、「人」「物」「金」そのほかの4項目に分けて14の制裁を展開した。今後は拉致対策本部の会議を踏まえ、党内でも議論をすることになるであろう。
 重要なことは、そうした国家の意思を鮮明にすることであり、アメリカが、北朝鮮に対して融和路線をとろうとも、直接核の脅威にさらされ、また拉致問題を未解決のまま放置をさせないと言うメッセージは、世界の国々に対して、日本がアメリカとは別に独自の判断をするようになったというメッセージを与えることにもなり、日本の国際的なイメージの向上にもつながるであろう。
 そして何より、主権国家として、また人道国家として当然のことであるが、北朝鮮や中国に対して、拉致に取り組むわが国の国民の怒りと一貫した姿勢とを示すことになるのである。


金銭教の信者たち―金融危機に感じること 2008.11.4[Tue]

 昨今のリーマンショックに象徴される、サブプライムローン破綻に端を発する問題は、多くのことを人類に警告するものだと考える。
 そもそも、金融工学の発展によって、極限まで金融のリスクすなわち危険性を排除する形での金融證券が開発され、デリバティブといわれる数多の派生商品が生まれた。
 それは、債券の現在価値をどう見るかと言う客観的法則を明らかにしたともいわれる。そしてこの彼らが言うところの革命的な発見により、物の世界では飽和点に達している人類の欲望は、新しいイメージの世界に欲望のフロンティアを見出したと言える。
 この欲望の新大陸は、しかしながら、極めて難解なものであった。ある金融商品が作られるときに、其の商品の危険性や問題点や可能性を、其の製作者以外がほとんど確認しようがないほどに複雑なものとなる。
 通常の製品、動産や不動産等の商品は、誰が見てもそれなりに価値を認めることが出来るものである。
 トヨタや日産のスポーツカーといったものが、其の形状において格好がいいというイメージ、スピードが出せると言う事実、燃費がいい等という事実は、きわめて客観的に利用者が確認をすることが出来るものであり、それはそれだけの利用価値を持つものである。これに対して其の商品に金融的価値があると言うことは、こうした物体的商品と違って其の利用価値にあるのではなく、単純に其の交換価値に専ら根拠を持つものである。
 勿論、其の商品が、サブプライムローンのような、不動産を証券化して出来たものであることもあるであろう。しかし、其の証券化された価値は、実際にそこを所有し家財道具をおくことの出来る権利でもなければ居住することも出来ない、極めて名目的な権利である。勿論石油の先物のような実際にそれを買うことの出来る権利や、売ることのできる権利もある。
 しかし、金融商品がある金融商品を更に分解構成し直して作られたりすることを通して、より複雑になると、実際の権利関係において、其の権利は細切れにされほとんど行使されることは出来ないであろう。
 権利関係が複雑なマンションが被災したときに、其の建て直しはほとんど不可能に近いことは知られている。つまりそこに20人の居住者がいて、18人までが新しいマンションに建て直しをしたいと考えていても、其の時に2人の反対がいたら難しい。また全員がそうしたいと考えても、其の資金的準部がどうしても出来ない人が4人でもいたら被災マンションの再建は難しいであろう。まさにこうした権利関係が、金融派生商品が複雑になればなるほど複雑になりそこにあるのは単なる交換価値のみという現象になる。
 ところで、この交換価値の権化は金そのものである。自動車を買いたい人間にとって自動車は利用価値があるが、興味のない人間にとって利用価値は極めてすくない。しかし現金はなんにでも化けられると言うことで、誰にとっても価値がある、つまり流動性は高いということになる。そして、金融派生商品は、事実上利用価値のない交換価値のみの商品であるがゆえに、其の価値は絶大なる流動性と其の交換価値に対する信頼感に頼ることになる。
ただし、この商品の特徴は、そうした事実上は交換価値しかないのだが、其の根拠に名目的な利用価値があるとしていること、もしくは、利用価値により近い金融商品の価値を持っていることである。つまりこうした金融商品は、風評被害を含むイメージによって、利用価値という防波堤がないために、紙切れまで価値が下落することがある。それは、現金においても、かつてのドイツにおいては、何億マルクも一斤のパンを買うために必要であった社会が現出したし、今日のアフリカの国においては、驚異的なインフレが発生している事例がある。要するに通貨が紙になってしまうということである。
 同じように、其の債券の価値を担保していたことがほとんど否定されたときに、其の債券は紙切れに近づくこととなる。
 貨幣の価値が下落するときに、個人の家における紙幣が紙になってしまうことは、それ自体はとんでもないことであるが、他への影響という点では自己完結的である。
 しかし、今日のバランスシート不況なる言葉が示すように、金融機関のバランスシートにおいて、其の資産におけるさまざまな債権が、単なる紙切れとなってしまうことは、結局自己資本比率を低めることとなり、其の金融機関の信頼を取り戻すためには、自己資本比率を再び高めるために、資産を小さくすることが求められる。
 そこで、貸し渋りや貸し剥がしが行われ、中小企業の資金繰りが悪化することとなり、そこから実体経済に大きな影響が生じることとなる。この連鎖を止めるには、経済の心臓である銀行に対して、経済の血液である金を輸血、すなわち供給していく必要がある。
 今後同じようなことが何回も起こる可能性がある。其のことに対する我々の防衛策が必要である。
 少なくとも、今回の金融不況が、世界の基軸通貨国である、アメリカとドルにおいて発生したことも金融危機が全世界に派生する大きな理由の一つである。
 私は、この危機は、金融商品と金融工学の問題に帰することが大きいと考える。すなわち金融工学における、危機についての統計値が現実の危機と異なっていたことがある。また、人間の行動は、こうした機械的システム的把握の領域の外にあると言うことを示したのが今回の危機ともいえよう。
 とりわけ、多くのブローカーによって、永遠に不動産の価格が上昇すると言った神話が語られる一方で、極端な場合、貯金も仕事もない人間に対して住宅が売られるという異常な取引の中で、破綻の可能性が、数学的予測値を凌いでいたということは、人間の欲望と無責任さが、システムの限界を超えていたと言うことになる。
 現実において起こっていることを考えれば、金融工学は其の根本から見直されなければならないし、其の格付けをしてきた会社は、大きな責任を問われる必要があろう。金融商品が結果として不良品であったということは、言ってみれば、姉歯の耐震偽装と同じ以上の問題である。何人かの金融工学を知るものは、自分たちの理論は間違っていない。現実が間違っているとでも言いたいかもしれないが、現実を否定して理論を信じることこそ馬鹿げた話である。
 私は、この問題について、当面は金融機関に対する資本注入でしのぐしか方法はないと考えるが、金融商品については、通常の食料品に対する、食品安全条例以上の強烈な規制をするべきだと考える。例えば一次的金融商品を前提とした、二次以上の屋上屋を重ねるような金融商品は製造販売禁止とするなど考える必要はあるであろう。
 ある人によると、環境の二酸化炭素排出権売買についてもこうした金融商品が開発されつつあると言う。こうしたことについても、それが金儲けのツールとなることについて、一定の歯止めは必要であろう。
 そもそも金融商品は、金が金を生むと言う考え方によるものである。私もそうしたことが経済を活性化するという点において全く否定するものではないが、本来それは料理でいえば塩コショウの部分である。塩コショウばかり振りかけた料理がうまいはずがない。金が金を生むと言った架空経済が実体経済よりも其の規模が大きいということは、塩コショウばかりの料理を食べているのと同じではないかと私は思う。
 今回の金融不況において、結果として先進国は紙幣を刷り増す事で対応をすることになるであろう。しかし、個人は個人で自分のお金は自分のところに退蔵しているのである。そしてこうした不況を通じて、実体経済に対する通貨の発行総額が一層増大していることは事実である。つまるところそうなれば、架空経済もより肥大化するという結果をもたらすであろう。そこで何が起こるかといえば、こうした金融不況が更に巨大化して、より短いスパンでやってくるようになるであろうということである。架空経済の温床というべき多次的金融商品に対し一定の規制をかけない限りにおいては。
 まさに今回の金融危機をある種の津波であると言った人がいたが、其の比喩を使うならば、今後津波はますます大きくなり、ますます頻繁にやってくるということである。
 しかし、世界の軍需産業や軍事力が衰えないように、こうした賭博経済とそれに従事して利益を撥ねていく人間は、自分の利益と快楽のために、そうした規制を骨抜きにすることであろう。
 彼らは、金銭教(マンモニズム)の崇拝者として、金銭至上主義を主張し、会社は株主のもので、株主は利益を追及することが正しいと常に主張するであろう。そして、宗教において、極楽や天国を見せたように、実感の湧かない、何兆円や何京円といったお金のある世界を見せるであろう。それは一方において、お金を持たない生活は地獄のようであると言う恐怖を植えつけながら、すべての世界の生活と物質に値段表をつけていく、すなわち金銭世界がすべての物質世界と空間を其の領域の中に組み込んでいく作業が進行する。従来値段がつかなかった空間が経済の中に組み込まれ、水や空気まで、売られるようになり、二酸化炭素まで売られるようになり、地球上のすべてのものに値札がつけられていく。
 金銭教がいよいよ強大になり、世界を席巻していると言えよう。
 株主・利益至上主義に対しては、我々には「会社は社会の公器である」という発想がある。つまり金銭教の猛威に対して、本来の人間の自然な感性を大事にすることは重要である。
 少なくとも、会社組織が、時価会計主義を採り、一層利益を作り出すために奔走するならばそれに対しての人間性の抑止力として、国家と政治が何をするのかを我々は考えていく必要があるであろう。少なくとも短期的には、金融商品に対する的確な規制が求められるであろう。


 
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